社長の独創的アイディアと新価値への道。それは何気無い日常から新たな空間を探し求めること
 
2008/08/20:新たな発見

今朝の天気予報では、午後から東海から関東にかけて、前線の影響で落雷を伴う夕立があると
予想されていたが、豊橋に行く用事があるので向かうことにした。


名古屋インターから入り、豊田インター付近にさしかかると、いつもながら渋滞である・・・
急用では無いので、さほどイラつきもなく、一路豊橋方面へ


直ぐに渋滞も解消され、快調に車を走らせ、予定通り豊川インターについた。


目的地は豊橋市である。

豊橋に行くには、東名高速、豊川インターを出て、151号線から1号線に入るのが早いと思うが、
仕事で何度も走っているので、今回はナビを無視して最短距離で走ってみた。


すると、意外にも面白い店や、知らない名所などを発見することもある。


まず最初に見つけたのは、夏の花、向日葵である。
時期は、もうとっくに終わったと思っていたら
まだ、これからが満開の向日葵畑があったので、早速シャッターを押してみた。

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それから暫く、特別興味を示すものも無く、一人で淡々と田園風景が広がる道を
目的の場所へと車を走らせる。


目的地は豊橋と言っても田原よりなので、まだかなり距離はある


少し前にもきてるので道に迷うことはない、またより道をして行く
っと言うか、少し大回りをして行こう


目的の場所を通り過ぎ、259号線で渥美半島の先端、伊良湖岬を目指す。
ここも、かなり久しぶりな地である。

伊良湖岬と言えば

「日本の渚百選」「日本の道100選」「日本の音風景100選」「日本の白砂青松100選」に
選ばれた恋路が浜という砂浜が有名である


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また、古くは万葉集にもうたわれており、柿本人麻呂、西行らをはじめとする多くの
歌人たちに愛された場所でもある

他には、秋になると、数千羽のタカが渡る中継地点として有名です。


「鷹一つ見つけてうれし伊良湖崎」芭蕉の句。あるいは「名も知らぬ遠き島より流れ寄る
椰子の実ひとつ」の藤村の歌など、文学碑を付近に探すのも楽しみのひとつかも・・・


渥美半島の最先端、伊良湖岬に到着


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なつかしい・・・・
もう、どのぐらいきていないかなぁ・・・


伊良湖岬は、豪華なホテルもあるのですが、宿泊した経験は一度もありません。
海で泳いだこともありません。


もっぱら、景色オンリー・・・


私のように景色を眺めるだけでも十分な人はいいのですが
やはり海と言えば夏。お盆休みも終わって、ひと気がありません


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お土産屋に立ち寄り、店員のおばさんが話しかけてきた、こんなにいい場所なのに
夏が終わったら、お客さんがぜんぜん来ないよ。今日あなたが始めてのお客さんだよ・・・


それもそのはず伊良湖岬は日本一風が強い場所と聞いた覚えがある。
この季節以外はホテルで泊まるぐらいで外での観光は無理でしょう?


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綺麗な景色を見ることができたのでいよいよ目的地に向かうことにしょう・・・


いつもは来た方向を逆戻りするのだが、まだ少し時間がある、渥美半島を一周するかたちで
目的地に向かおう


生まれて初めて走る道だ
伊良湖岬の先端から浜松方面へ・・・
ほんの少し走った所に名所の案内表示があり、小さな駐車場もある。


案内表示に日出の門と椰子の実記念碑と書いてあったので
立ち寄って見ることにした。


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海岸に下る階段を案内通り進むと、少し広いスペースがあり
記念碑が設置されています。



民俗学者柳田國男が明治31年の夏、伊良湖に1か月余り滞在したとき拾った椰子の実の話を、
親友の島崎藤村に語ったところ、それが素材となって
椰子の実の叙情詩「名も知らぬ遠き島より流れよる椰子の実ひとつ・・・」が生まれたそうです。


あとは、多分、あの岩が日出の門でしょうか・・・?





まだ、下に下りる階段があるので行ってみると
何故か不気味な状態で階段が途切れているのです。
何となく、心の中で誰かが来るなと叫んでいるような気がし、背筋が寒くなりました。


その先は辺り一面、草が多い茂り、草をかきわけ一人がやっとのおもいで通れる程度の
道ですが諦め、辺りを見渡していたら




突然、深いその茂みの中から



おばあちゃんが出てきたのです。


ビックリです。


背中にはいっぱいの荷物を背負って、駆け上がってきました。

おばちゃんたちは、朝からひじきを取りに行ってたそうです。

一息ついてる時に少し話しを聞くことができたので、
もう一つ気になることがあったので聞いてみました。


 
 「おばちゃん,あれは何?・・・」
 
 「あっぁ あれかぁ・・・あれは監視塔だよ・・・」
 
 「監視塔?・・何の?」
 
 「兵隊さんの監視塔だよ・・・」
 
 「兵隊さん?・・・」


何と、そこは太平洋戦争の傷跡だったのです。










大戦末期、伊良湖水道に機雷を敷設し、敵潜水艦の
侵入時爆破させるための監視所。


本日の一番の収穫です。
看板に書かれていた、日出の門と椰子の実記念碑より
私は、感動を覚えました。


戦争を経験していない私たちは昔の話を聞くとか写真とかで知ることはできても
実感はあまりありません。偶然ではあるが、実際にこの場所に立って
戦争の傷跡に見てふれることで、
痛ましい過去の傷跡が、現代の私たちに何かを訴え掛けているように思えてなりません。
この地だけではなく、国内には、まだまだ、たくさんの戦争遺跡はある
これも我々、人類が生み出したれっきとした『負の遺産』でしょう。


いろいろ教えてくれたおばちゃんありがとう。


それではこの場所を後にして、再び車を走らせる。
途中、メロン狩とメロン食べ放題の文字が,やたら目に付く街道を走らせながら
目的地へ


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目的は地元の地域イベントの材料を引取しに行くことである
引取後、豊橋市街地を抜け、きた道を通り豊川インターへ
その最、路面電車と遭遇


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豊橋の路面電車は大正14年に開通して以来、市民の足として親しまれている
近代化が進む中、何となく歴史を感じさせてくれる風景がまだ残っている町です。


今回、仕事合い間に渥美半島を一周し、少し寄り道しながら新たな発見が沢山ありました。
名所・旧跡も良いですが、見知らぬ場所を探索すると、意外な出会いがあって面白いですね。

なかなか、ゆっくりとした時間はとれませんが
気が付いたことをブログに残していこうと思います。

コメント(1)
BLAN :

恋路ヶ浜、大切な人との思い出の場所です。

何年か前に、大あさりを食べて、船で知多まで。。。

大切な思い出と、新しい発見と。。。

未来が、繋がるといいな。


鐘を鳴らしてきましたか?
・・・響く音と、ともに繋がっているといいですね。


2008年08月25日 17:06
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